映画「野火」を観て。インド/アフリカの子ども達から感じた、一歩引くことで見える違うもの。

先日、時間が空いたのを利用して、映画「野火」を見てきました。
第二次世界大戦末期のフィリピンのレイテ島での話。敗戦が濃厚になってきた状況で、主人公は肺を患い、部隊から追い出されて野戦病院に送られる。しかし、負傷兵で溢れかえり食料も限られていた病院からも追い出され、戦地を彷徨う主人公。

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異常な状況の置かれた時に、人がどんな心理状況に陥り、どんな行動を取るのかがリアルに描かれていました。映画を見て感じたのは、自分を追い詰めすぎることの怖さ。戦争という状況の過酷さ/恐さはもちろん僕が理解できるところではありませんが、日常の中でも自分を見失うほど追い込まれる状況があると思います。今思えば、「大したことなかったな、ははっ。」なんて笑ってられる過去も、その時は苦しかったりしますよね。

それは、きっと今と過去では出来事は同じでも、自分の見方が変わっているから。

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(カバン背負ってるけど、、それにしても姿勢が、、、ですね 笑)

インドのブッダガヤに滞在している時に、外でよく見かける光景がありました。手脚が不自由な子どもたちが物乞いをしている。昼間にはその姿しか目にすることはなかったのですが、夜、外を散歩していると、カラダの不自由な彼らが集まって楽しそうにサッカーをしていました。彼らには彼らのコミュニティがあって、遊んだり楽しく過ごす時間が私たちと同じようにある。当たり前のことではあるけど、僕自身にとっては新しい発見であったことを覚えています。同じ状況を見ていても、僕と彼らが感じているものは全く違っていたのかもしれません。

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アフリカでも、こんな話を聞いたことがありました。あるボランティアグループがスラム街の子ども達のために靴を支給しました。もちろん靴を手に入れた子どもたちは喜んだそうです。しかし、全員に靴が行き渡るわけもなく、「靴を持っている子ども」と「持っていない子ども」ができる。持っていない子は持っている子を羨ましく思うし、盗む盗まれるの問題も出てきます。そして、結果的には彼らの幸福度は下がってしまう。「裸足でいる」という彼らの普通に、こちらの価値観を押し付けてしまった形になってしまったのかもしれません。。難しいですね。

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国の間で、文化の間で、男女の間で、性格の間で、そして今と過去/未来の自分の間で、多種多様な価値観がある。だからこそ、今の状況を一歩引いて客観的にみることで違うものが見えるのかなと思います。


カラダが整えば、心も整う。じっくりとあなたのカラダと向き合ってみませんか?^^
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