ラウンド1の少年が教えてくれたこと(没頭)

みなさん、こんにちは!

耕ロルフィングの佐藤です。

今回の台風は大きな影響はなく、昨日今日と気持ちのいい天気になりましたね^^

昨日はこの天気を逃すまいと、ビールと焼き鳥の完全武装で井の頭公園に向かいました(笑)

公園の池に垂れる葉っぱと太陽の反射がきれいでしたよ〜。

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そのあとに立ち寄ったボウリング場で出会った少年の話を少し。


【没頭に勝るものはなし】

公園をあとにして、ほろ酔い気分でラウンド1に。(大学生か 笑)

ボウリングではなくゲームをしようと、うろちょろ歩いていると。

何か楽しそうな魚釣りのゲームが!

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数種類あるリールの中から一つ選んで、それを振ると画面上にエサが出てくる。

そのエサを魚が食べたら、思いっきりリールを巻くというゲーム。

僕たちの対面に1人少年がゲームに没頭していました。

彼の箱の中には大量のコイン、そして、ボス魚(ドラゴンのような出で立ちの)を釣り上げて、両腕をあげて歓喜していました。

それこそ、オリンピックで金メダルをとったアスリートのように。
(なので、この少年をこうすけと呼びます。北島こうすけからとって。)

ここまで一つのことに没頭して喜べることってすごいなぁ。
少年が感じている達成感とその喜び方に、こっちまで嬉しくなりました。

今やプロゲーマーがテレビに出る時代。
彼がこのままの『ゲームが楽しい!好き!』という気持ちを持ち続けたら、十年後にはどっかで見かけるかもしれませんね。

(ちなみにこの少年は、コインがほとんどなかった僕らに大量のコインを分けてくれました。いい子だ〜!ありがとう〜!)


【少年のまま大志を抱く】

年を重ねると没頭できるものや時間って少なる気がします。

あと先を考えたり、昔のことを悔やんだり、小さい頃は素直にできていたことが、だんだんと難しくなる。

本気解剖学に参加してくれているメンバーが以前こんなことを言っていました。

(海に遊びに行って、棒倒しを子供と真剣勝負した時のこと)

『遊びを真剣にやると楽しいんですよ!!』

それを聞いた時に、なんか『はっ』としたんですよね。

確かにそうだ!本気でやれば、やるから楽しいんだ!

夢中になることは時間が経つと変わるけど、目の前のことに没頭できる自分でいることが大切なんですね。

そうしたら、ゲームに没頭していたこうすけ少年のようにいつまでもいられるんだろうな^^

ちなみに僕が今没頭しているのは、これです。
(確かに没頭するものは変わりますね。。)

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もう一つはこちら→ 解剖学セミナー
(よかったら皆さんも一緒に没頭いかがですか?^^)


【没頭できるものは巡ってくる】

没頭できるものは必要な時に巡ってくる気がします。

最近は『神経』の勉強に注力しているのも、ロルフィングのセッションや、講義、知り合いとのメールなどで、神経の話題が多く出てきたから。

自分から求めていると案外見つからないんですが、目の前のことに本気でいれば、いいタイミングで自然と次の没頭が現れてくれるのかもですね!

次に何が現れてくれるのかはお楽しみ。

ではでは!

太陽の塔の仁王立ち

みなさん、こんばんわ!
耕ロルフィングの佐藤です^^

今日は仕事が早めに終わったので、最近気になっていた映画を見に行ってきました。

その映画は、『太陽の塔』

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実は岡本太郎のことが、大好きです。

留学していた時に読んだ『自分の中に毒を持て』が衝撃的過ぎて、それから本や作品、美術館など時間があれば観に行きます。

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この映画では、様々なジャンルの著名人が岡本太郎についてのインタビューを受ける形で、太陽の塔や岡本太郎に迫るドキュメンタリー。

映画の中では、「お腹をいっぱいすることよりも、胸いっぱいにすること」や「芸術は決意から始まる」など、印象的な言葉がたくさんありました。

よかったらみなさんもぜひ見てください^^


【相手をジャッジすると、自分をジャッジすることになる】

岡本太郎つながりで行くと、最近読んだ本にお笑いコンビのオードリーの若林さんの本「ナナメの夕暮れ」がありました。

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若林さんも「太郎好き」を公言していて、様々な番組で話しているのを知っていました。

本の中で面白かった話。

若林さんは昔、スターバックスで「グランデ」と言えなかったらしい。

「L」は言えるけど、どうしても「グランデ」とは言えない。

理由は、グランデとか言って気取っている自分が恥ずかしかったらしい。

そして、こういう気持ちは、まず自分が他人に対して同じような気持ちを持っていたと気づいたって。

『他人への否定的な目線は、時間差で必ず自分に返ってきて、人生の楽しみを奪う。』

これよく分かるなぁ。相手がしていて恥ずかしかったり、ネガティブな気持ちになったりする時は、相手を通して自分を見ているときなんですよね。

だから周りの人に対しての否定的な目線を減らしていけば、自分に対しての目線も暖かく、心地よく生きられる。本気解剖学でも強く感じた『心地よさ』ってすごい大切。

自分が心地よくいるためには、他人に対して心地いい目線を持つことなんだ!

ふむふむ、再確認。

そのほかにも、

『俺はもうほとんどは”合う人に会う”ってことでいいんじゃないかなって思った。それは、家族だし、友達だし、先輩だし、後輩だし、仕事仲間だし、ファンだし、相方だし。そういう合った人にこれからも会えるように頑張る。』

いいなぁ。。


【時間が経つことで、同じものが違く見える】

いつも講義に行く時に通る渋谷駅。

そして、そこにある明日への神話。

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昔は30分くらいずっと絵を眺めていたこともありました。

これを見ているとなんか【強さ】をもらえる気がするんですよね。

今はそこまで激しく『太郎』を必要とすることもなくなりましたが、昔は何か足りないものを渇望していた気がする。。

当たり前のことを当たり前にできるようになりたい!と思って強さを求めていた昔。

当たり前を当たり前にできるようになった今は、

(昔に比べてですけどね 笑)

「それでいいのか!?満足していいのか!?」と問いかけてくれるように感じる。

自分が変わることによって、同じものを見ても、違うように感じる。

数年後には「太郎」をどう感じるか、、、楽しみです^^

まずは、明日の『明日の神話』がどう見えるかを楽しみに就寝します。。

ではでは。

プラスを見つけるクセ

みなさん、こんにちは!

耕ロルフィングの佐藤です。

昨日は台風がすごかったですね。。強風が窓に当たる音を聴きながら、一晩を過ごしました。
みなさん、影響はなかったですか?

昨日からアウトプットに関しての本を読み出したので、今日は久しぶりにブログを書こうかなと思い、パソコンに向かっています。

(外は天気がいいので、散歩に行きたい衝動を抑えつつ 笑)


「プラスを見る/伝えることの大切さ」

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先日、体験セッションにお越し下さった方の言葉がとても印象的でした。

「これまでは針やマッサージなどいろんなところに行って、どれだけ私のカラダが悪いのかを言われて来た。毎回落ち込みながら帰っていました。

今日もセッション中にどんなひどいことを言われるかビクビクしていたけど、ここは違いました。希望が湧いて、これからカラダもココロも良くなって行くような気がします。」

カラダに向き合う仕事をしていると、間違え探しのように悪い部分(改善が必要な)を見つけるクセがつきやすいことは理解できるのですが、、

「カラダ、ガチガチですね〜!」

「かなりバランス崩れてますよ!」

「これは早く治さないと、ひどいことになりますよ!」

悪気はないんでしょうが、こんな言葉を聞いて気分がいい人はいないはず。。

相手が機械であれば、故障した部分を見つけて、説明して、修理して、、と単純に行くのですが、私たちが普段向き合っているのは、感情を持った人。

正しいことであっても、相手がどう受け取るか、その一言が相手をプラスの方向に導くのかを最優先に考えないといけないなぁ、と思います。


「ロルフィングはその人が持っているプラスを伸ばす作業」

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ロルフィングのトレーニングを受けている時に、よく言われた言葉。

「誰でも、どの身体にも、いいところがある。そのプラスを見つけるクセをつけること。そしてそれを伝えてあげなさい。」

カラダの悩みを抱えている人は、毎日自分のカラダの痛みや動きづらさを感じている。

だから誰よりも、カラダのマイナス(あえて言うと)は実感しているはず。

マイナスに焦点を当てると、プラスは見えなくなる。

だから、僕たちがまずやることは、今のあなたがどれだけいいところを持っているかということ。

今、読んでいる本からのアウトプットを少し^^

ポジティブな言葉を多く話している職場の方が離職率や成績がいいらしい。

ポジティブな言葉とネガティブな言葉の比率が3:1を下回ると、会社への愛着が低く、離職率が高まり、もっとも業績の高いチームではポジティブ比が6:1にまで達している。

(これは夫婦間でも一緒の傾向があるらしいですよ〜^^)

プラスを見つけるクセは毎日カラダと向き合っている専門家だけではなく、どの場面にも言えることなんですね!

人と向き合っているということを忘れずにいたいですね。

ではでは、また^^


 

何をするかより、誰と一緒にするかが大切

こんにちは!

耕ロルフィングの佐藤です。

もうすぐひな祭りですね。

セッションルームの入り口には桃の花を飾っています。
クライアントさんからも、【いいね!】のお言葉をいただき嬉しい限りです。

少しでも季節感が出せればいいかなと思っています^^

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【何をするかより、誰と過ごすか】

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最近読んだ本の中に、こんな言葉がありました。

【つまるところ私たちはみな、たった一度しかない人生を生きている。そして、人生はすべて、ともに生きる人しだいなのだ。】

何をするかも大切だけれど、誰とするかはもっと大切。

同じ時間を過ごすのなら、自分が好きな人たちに囲まれて生きる方がいいですよね。

僕はクライアントさんに恵まれているなぁと、ほんと思います。

毎日好きな人たちと時間を過ごせている。

だからこそ、そんなクライアントさんには自分が信頼する人を紹介したいとも思っています。


【好きな人を好きな人に紹介する】

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ロルフィングの10シリーズを修了した方には、健康への意識が増して、これから運動を始めたい/続けたいという方が多くいらっしゃいます。

そんな時には、パーソナルトレーニングやヨガ、ピラティス、登山など、その方とその方のカラダの相性を考えて、専門家にご紹介させていただいています。

誰を紹介させてもらうか、、

その時には自分が信頼している人、好きな人を紹介します。

自分が好きな人を好きな人に紹介する。

これを、勝手に【好きのサイクル】と名付けます^^

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これが一番じゃないかなと。

またその紹介先で新たな【好きのサイクル】が生まれて、そのまた先で、そして、そのまた先で、大きなサークルを描いて一周する。

そんな形ができたらいいなと。


【好きのサイクルの仲間を増やそう】

おかげさまで、4月から始まる本気の解剖学セミナープラスα(専門家対象)

にご参加いただくメンバー6名が決まりました!

このセミナーでは本気で解剖学を学んで、それぞれの実践で生かせるようにすることが目標。

それと、もう一つ、

このセミナーに集まった6名のメンバーの方たちが、

セミナー修了後に一緒に【好きのサイクル】を描いていく仲間になったらいいなぁと。

その目的で、最後の月には未来編と名付けて、それぞれの仕事でどのように解剖学を生かすことができるかを探っていくことにしました。

共通認識ができれば、お互いを紹介しやすいですし、

【この人はヨガが合ってるな!】

【あっ、この人はパーソナルトレーニングがベストだな!】

【登山なら楽しく長く続けられるかも!】

と、クライアントさんにとって最適な選択ができると思います。


今回のセミナーの参加者は、タイマッサージ、健康運動指導士、ヨガ、ピラティス、声の専門家など幅広いジャンルの方にご参加いただくことになりました。

どのようなサイクルが生まれるのか、今から楽しみです!!

 

 

不登校=ネガティブなんだろうか?

みなさん、こんにちは!

耕ロルフィングの佐藤です。もうすぐハロウィーンですね!
セッションルームもハロウィーンムードになっています。

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先日、ピラティスを中心に活動をされている藤田英美さんにご紹介いただきヨガインストラクターであり、ヨーガ療法士の勉強をされている中島千代子さんを含めてのお食事をさせていただきました。

中島さんの息子さんは不登校経験があり、悩んでいた時に中島さん自身がヨガを始めたことで気持ちが楽になった経験から、

現在は同じような悩みを持つお母さん方の力になりたいと活動をされています。

(ヨーガセラピー体験会もやってらっしゃるようなので、興味がある方は上記のホームページから^^)

話していると、

不登校をしていた本人(僕)と、不登校児の親御さんや周りの人(藤田さん、中島さん)の感じ方の違いが見えてきました。

親としては子供を学校にも十分に通わせることができない、、と自己否定感を持っていたこともあったと。

当人としては、学校に行ってない自分のことを悲しんだり、それによって親が自分自身を責めたりしていることの方が、辛いと思っています。

僕自身の経験を話させてもらうと、記憶にある限りでは、「学校に行きなさい!」と親に言われたことは一度もありません。

それを話すと、「すごい親御さんだね!」と。

それがどれだけ大変だったことなのか、恵まれた環境にいたんだなぁと痛切にいま感じます。

不登校と聞くとあまりポジティブなイメージはないかもしれませんが、

僕は「不登校で良かったな!」と思っています。
(周りには色々と苦労をかけたとは思いますが。)

その一番大きな理由は、好きなことに集中することができたから。

不登校をする子は、「好きなことに没頭することができる才能」を持っていると感じます。

フリースクールで出会った子は、

野球が好きで素振りばかりしている子、

絵が好きで一日中絵を書いている子、

バイクが好きで、バイクレースのビデオをずっと見ている子、

漫画が好きで漫画家を目指している子、

お笑いが好きで、バカ殿を繰り返し見ている子、

など

脇目も振らず(学校に行くことすら)、好きなことに没頭できることは凄い才能だと思います。

偶然にも最近読んだ本は、

「好きなことをする」

ということがテーマの本ばかりでした。


モチベーション革命では、

『先の見えない、この変化の時代において間違いなくいえること。それは、一見非効率に見える人間の「好き」を突き詰めて、その「好き」に共感する人が「ありがとう」とお金を払ってくれる”偏愛・嗜好性の循環”こそが、残っていくということです。』

革命のファンファーレの中では、

『ストレスがかかる仕事から順にロボット化されて行き、ストレスがかかる仕事がみるみる世の中からなくなっていくではないか。自動改札が生まれ、改札口から駅員が姿を消したような変化が、今アチコチで起こっている。《中略》 好きでもない仕事は消え、好きなことしか残らなくなってきている。ここからは”好きなことを仕事化するしか道が残されていない”時代だ。』

そう考えると不登校のみんなはこれからの時代を支えて行く子たちなのではないか。

学校行かない=ネガティブをポジティブに。

学校に行かないくらい、好きなことを持っている自分軸のある子

という新たな価値観を作りたいです。

そんな考え方ができれば、本人も親御さんももっと楽に暮らせるはず。

アイ アム ラッキー

こんにちは!
耕ロルフィングの佐藤です。

みなさんお盆休み、どのようにお過ごしでしょうか?
僕は早めに夏休みをいただいたので、すでにセッションに講義にと休みモードから回復しつつあります 笑

今日はバリで印象に残った出来事を一つ。

「アイ アム ラッキー」

バリの観光地を巡るために、車をチャーターして、その車の運転手さんと話していました。
(現地のドライバーさん、インドネシアのジャワ島からバリに移って来たって言ってたかな。)

そのドライバーの方は、日本に留学経験もあり、今は朝は学校に通いマルチメディアの勉強、その後にタクシーやチャーター車の運転手として働いている20代の男性。

旅行プランを一緒に考えてくれたり、現地の情報を進んで教えてくれるナイスガイでした!

小さいお子さんがいて、スマートフォンでお子さんの写真を見せてくれたのですが、

これが可愛いのなんの!

それを伝えると、

彼は満面の笑顔でさらっと、「Yes, I am Lucky!」 (アイ アム ラッキー!)

これがなぜか、とても印象的でこっちに戻って来ても何回も思い出しています。

日本だと、きっと謙遜してしまうところだろうけど、

素直に言われた言葉を受け止めて、自分が恵まれているって言えるのっていいなぁと漠然と感じました。

ストレートな表現が多い英語だからって言うこともあるだろうけど、

ラッキーだ!って言える、感じることができることはとても大切だと思います。

美味しいものを食べてラッキー!

ぐっすり寝れてラッキー!

晴れていてラッキー!

楽しい仕事ができてラッキー!

家族や友達と過ごせてラッキー!

一つでも多く自分のことをラッキーだと思えることがあれば、幸せだなぁ^^

バリのウブドの露店で売っていた「Luck」
新たにセッションルームに加わりました!

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「幸せの感度をあげる」

大学院をやめて世界一周に出る前に、ブログに書いた言葉。

そんなところも来月開催する「GO!の日の集い」で話していきます!

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(8月の開催が、夏休みで参加が難しい親御さんが多く延期になり、参加予定してくださっていた方達にご迷惑おかけしました🙇)

 

山形での日々

久しぶりのブログになってしまいました。。
突然ですが、仕事をお休みにして山形県の余目に2週間滞在していました。
理由は、、、、   車の免許のために。

アメリカでは7、8年運転していましたが、日本では未経験ということで、一から勉強してきました!当たり前ですが、周りは僕よりみんな若い大学生。この時期にしては珍しく、同日に8人が入学という大人数グループになりました。早稲田、明治、國學院と優秀な大学生のみんなに混じり、おじさんも頑張りましたよー。クラスメイトに恵まれたおかげで楽しく2週間を過ごし、少し若返った気がしています(笑)

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自動車学校で学んだことは、車の運転はもちろんなのですが、教官の指導の仕方。言葉少なくても的確なタイミングで必要なだけのアドバイスを投げかけることができる教官がいれば、相手(生徒)の状況や受け止め方を考えず、押し付けるような教え方。一番感じたのは、質問を歓迎する雰囲気と生徒自らが考えるスペースを与えていないところでした。(教習所ってどこもそういうものなのか??)来年から講師の活動が決まったこともあり、人に教えることの難しさを感じるいい機会になりました。

教官の中で一人、面白い授業をする教官がいました。
まだ30代半ばで言葉づかいは少し荒いところがあるんですが、教科書をなぞるのではなく、実際にあった交通事故の事例や実体験をいれながらの授業。専門が交通事故多発者のための心理カウンセリグ(今は移動で山形に来ているらしい)ということもあり、一人一人の心理的な傾向(攻撃性がある、せっかち、慎重すぎるなど)を話し合う授業は面白かった。正直なところ、教官によっては眠くなる授業もあったのですが、この人の授業はみんな楽しんで話を聞いていました。生徒の好奇心に刺激を与えられる授業って大切だなぁ。その教官が若いっていうのもあると思うけど、生徒と同じ目線で自分をさらけ出すことで距離が近くなるんだなと感じました。

僕が人と対面するときに大切にしていることに、「年齢や立場に関わらず対等に接したい」ということがあります。だから、大学生にも敬語は使わないようにしてもらった。ロルファー仲間がオススメしていた糸井重里さんの本にこんな言葉がありました。

《ぼくは基本的には、いばったりするのは大嫌いだ。いばられるのもイヤだ。できる限り平らな関係で、おたがいの役割を分け合ったり奪い合ったりするようなチームが理想だ。フラットなのに、マナーがあるというような関係がいいと思うのだが、そういう関係をつくっていくためには、きっと自分たちが何のために何をしたいのかという「動機がしっかりしていること」がいちばん大切になってくる》

先日の友人が言っていたこと、感情的にならず論理を優先してしまう、いわゆる、フラットに考えること。個人的にはとてもフェアなことのような気がして案外好き。チームであれば《共通の目的》を第一に考えることができるし、そのプロセスの中で一人一人が独自の動機をもっていればいいかなと思う。

教官の中でも長らく学校に留まっている人ほど、その場所にあぐらをかいて工夫を忘れているように思えた。短期の移動で山形に来ている教官の授業は、魅力をもった商品としてどこにいっても評価がついてくるものだなと思う。きっと多くの人が働きたい職場やチームはきっと風通しの良い、役割を分け合ったり、時には奪い合ったりする刺激が常に存在するところなんじゃないのかな。

山形、自然がたくさん、素敵な場所でした。
今回は観光が全くできなかったので、次回はゆっくりまわりたい^^

不登校とは?フリースクールとは?

先日のブログ(わたしの履歴(1))で軽く触れた「フリースクール」、そして「不登校」について書かせてもらえたらと思います。

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まず最初に「不登校」とは何なのか?

簡単に言ってしまえば、学校に行ってない子供のこと。基本的には、小中学校の義務教育期間を指していますが、最近では高校/大学も含まれるようです。経済的理由、または病気によって学校に行けない子供は含まれず、それ以外の理由で年間30日以上欠席する子供を不登校児といいます。教室に行かず、保健室登校している子供は含まれません。

現在不登校の小中学生は、2014年度に全国で約13万人いると言われており、前年度から3000人以上増えています。中学生の不登校率は約2.76パーセント、約36人に1人の割合になり、クラスに一人不登校児がいる計算になります。

小中学校は義務教育。ここで指す「義務」は誰のもなのか?
これは子供にとっての義務ではなく、親御さんが子供に普通教育を受けさせる就学義務になります。子供にとっては「教育を受ける権利」になります。

親が子供を働きに出すなどの教育妨害を防ぐためにあり、現在の不登校児の親御さんは、学校へ行けるように手続きをし条件も整えている為に、親の義務違反になりません。子供が権利を行使するかどうかということになります。

不登校児には様々な理由がありますが、小中学校が合わない/馴染めない子供の居場所として「フリースクール」があります。現在全国には約400以上のフリースクールがあり、出席日数に数えられるところもありますスクールでは自由に勉強、運動、課外学習などをします。
僕が実際に通っていた「相模湖フリースクール」では、午前中は勉強、そして午後は外で野球などの運動をしていました。野球に限らず全ての選択は子供に任せられるので、卓球や釣り、魚類採集、絵画制作、カード遊び、読書、おしゃべりなど、その子によってやることは変わっていきます。スクールの理念である「動けば、次が見えてくる!」は、今でもたびたび思い出す言葉です。

ホームページによると、中学生は全員高校進学をしており、高校へ進学した生徒の中からは東京大学、武蔵野美術大学、東海大学を始めとして、大学、専門学校へ進学した生徒も多数います。

国は不登校対策として、子供たちが学校に復帰するという前提で試行錯誤してきましたが、効果が上がらず、「学校に戻ることを無理強いしている」などとフリースクールと行政側が対立することもあったようです。フリースクールに通う子どもたちは、学校には行けないけれども居場所が欲しかったり、自由に学ぶ場を求めたりしてたどり着いたというケースが少なくありません。

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「一部に地方自治体からの財政支援を受けているフリースクールもありますが、大多数は公的な支援はほとんどなく、運営費は、子どもたちの参加費や寄付金などに頼るしかありません。」(NHK時論公論 – フリースクールをどう支援する

多くのフリースクールは支援をもらえていない状態で、スクール側も通う子供たちも経済的な理由で諦めざるおえない状況があるようです。

「大阪府池田市のフリースクール「スマイルファクトリー」は、市内の小中学生なら無料で利用できる。市の施設をNPO法人が運営する「公設民営」で、市からの委託料約1500万円や1人2万8千円の市外生の月謝のほか、寄付も受けて約20人の常勤スタッフの人件費をまかなっている。」(朝日新聞DIGITAL)

上記のフリースクールでは、通学、訪問合わせて100名ほどの子供がいて、希望者が多く空き待ちの状態のようです。そして、行政とのつながりがあることで、利用者からの信用も増します。これだけの子供たちが殺到しているということ、フリースクールという場を必要としている子供が多くいるということ、そして、何かしらの手立てをしなければいけないということは、この状況を聞くだけでも感じます。

このような状況を受けて、政府レベルでも動きがあり、フリースクールの教育内容の義務教育化に向けての動きが活発になってきました。

「文科省内に自ら(馳文化相)
本部長とする「1億総活躍推進本部」の設置を表明。本部で取り組む課題として、フリースクールなどを念頭に「多様な場で、子どもたちが自信を持って学べる環境の整備」を強調した。」(朝日新聞DIGITAL)

今までの小学校や中学校に行くのが当たり前、学びの場は一つという発想が転換していき、経済面での安定を得ることができるのかなと思います。しかし、義務教育化され国からの規制が増すことにより、フリースクールの持ち味である自主性や多様性が失われないかとも懸念されています。

最近では、出版で有名なKADOKAWAとニコニコ動画のDWANGOが、新しい教育事業としてオンラインによるネットの高校設立を発表しました。(KADOKAWA・DWANGO教育事業発表会)来年の春に開校をし、ITを中心に専門性を育てることに重きを置いた新しい学びの形を提供していくようです。

どの構想や対処にも反対や問題点はあると思いますが、「不登校問題」が注目を浴び考えられる機会が増えていくことは、良いことだと思います。フリースクールのような自由な学び場や新しい形がこれからもどんどん出てくるかもしれませんね。

僕自身これからも勉強をして、何かしらの形で貢献していけたらと思っています。

尊敬できる人を持つということ。

「尊敬する人」や「目標にする人」がいることはすごい幸せなことだと思う。

「あんな風になりたいなぁ」や「あの人のような時間の過ごし方をしたい」など、未来の自分をイメージした時に、追いかけたい絵を思い浮かべることができると、実際に実現しやすくなる。

僕もそんな人が何人かいるが、その中の一人が「山口絵理子」さん。

簡単に彼女を説明すると、

「小学校の時に6年間一度も給食を食べれない程のいじめにあい、その反動で中学では非行に走るが、男子柔道部しかない工業高校で柔道を始め、ジュニアオリンピック7位という成績を残す。卒業を前に私にはもっと他に出来ることがあると、大学進学率わすが3パーセントの高校から猛勉強の末、慶応大学に合格。在学時に米州開発銀行でインターンをするが、途上国援助の矛盾を感じ、自らアジア最貧国バングラデシュに出向き、そのまま現地の大学院に入る。その後途上国自立の為に、バングラデシュ特産のジュート(黄麻)を使いバッグを生産する”マザーハウス”を起業。今では国内外で15店舗を持つ。」

彼女の凄さはその「行動力」。
自分の目で見て感じたものを信じる。そして、それを元に考え行動する。そして、また考える、動く、考える。

彼女のエッセイ本「自分思考」。

世界一周に出ている際にも持参した、何度も読み返している一冊。
一つ一つの言葉が、現在進行形で成長していこうと努力をしている著者だからこそ書けるもの。20代や30代の方にはぜひ一度読んでいただきたい一冊です。

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彼女は自分の会社「マザーハウス」では、経営者と同時に自社のバッグの9割をデザインしているデザイナーでもあります。

「記事」→好きが生み出す信頼関係――マザーハウス山口絵理子代表の原動力

上記の記事で彼女が述べている言葉にこんなものがありました。

「商品を店舗内に飾るときには、お客さんのことを想像しますが、デザインするときには、誰も想像しないですね。とにかく、この革がどうなりたいと思っているのか、素材の声を聞くようにしています。素材が一番光る形を、ものすごい多くの方程式の中から見つけだすことに集中します。」

これってすごい大切なことだと思う。

「今、目の前にあるもの」、この場合は素材を生かすことを第一に考える。

これを私たちの日常に置き換えると、「環境」や「境遇」、「仕事」や「年齢」、「才能」や「からだ」、様々なことに言えるだろう。

まずは自らを深く理解することによって、いいものを生み出すことができる。

目指す人やものを持つことによって指針が出来る。そして、そこを目指しているプロセスの中で自分の強みや弱みを理解していく。そして、また新たな方向性が見えてくる。だからこそ、どちらも欠かせないバランスを取り合うもの。


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映画「野火」を観て。インド/アフリカの子ども達から感じた、一歩引くことで見える違うもの。

先日、時間が空いたのを利用して、映画「野火」を見てきました。
第二次世界大戦末期のフィリピンのレイテ島での話。敗戦が濃厚になってきた状況で、主人公は肺を患い、部隊から追い出されて野戦病院に送られる。しかし、負傷兵で溢れかえり食料も限られていた病院からも追い出され、戦地を彷徨う主人公。

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異常な状況の置かれた時に、人がどんな心理状況に陥り、どんな行動を取るのかがリアルに描かれていました。映画を見て感じたのは、自分を追い詰めすぎることの怖さ。戦争という状況の過酷さ/恐さはもちろん僕が理解できるところではありませんが、日常の中でも自分を見失うほど追い込まれる状況があると思います。今思えば、「大したことなかったな、ははっ。」なんて笑ってられる過去も、その時は苦しかったりしますよね。

それは、きっと今と過去では出来事は同じでも、自分の見方が変わっているから。

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(カバン背負ってるけど、、それにしても姿勢が、、、ですね 笑)

インドのブッダガヤに滞在している時に、外でよく見かける光景がありました。手脚が不自由な子どもたちが物乞いをしている。昼間にはその姿しか目にすることはなかったのですが、夜、外を散歩していると、カラダの不自由な彼らが集まって楽しそうにサッカーをしていました。彼らには彼らのコミュニティがあって、遊んだり楽しく過ごす時間が私たちと同じようにある。当たり前のことではあるけど、僕自身にとっては新しい発見であったことを覚えています。同じ状況を見ていても、僕と彼らが感じているものは全く違っていたのかもしれません。

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アフリカでも、こんな話を聞いたことがありました。あるボランティアグループがスラム街の子ども達のために靴を支給しました。もちろん靴を手に入れた子どもたちは喜んだそうです。しかし、全員に靴が行き渡るわけもなく、「靴を持っている子ども」と「持っていない子ども」ができる。持っていない子は持っている子を羨ましく思うし、盗む盗まれるの問題も出てきます。そして、結果的には彼らの幸福度は下がってしまう。「裸足でいる」という彼らの普通に、こちらの価値観を押し付けてしまった形になってしまったのかもしれません。。難しいですね。

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国の間で、文化の間で、男女の間で、性格の間で、そして今と過去/未来の自分の間で、多種多様な価値観がある。だからこそ、今の状況を一歩引いて客観的にみることで違うものが見えるのかなと思います。


カラダが整えば、心も整う。じっくりとあなたのカラダと向き合ってみませんか?^^
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